一説に、真田昌幸の正室山手殿は、公家の姫という説があり、私は観てはいませんが、今年の大河ドラマ「真田丸」でも例によって、三条夫人と同様に、否定的なニュアンスとしての、典型的な公家の姫とでもいう感じの、揶揄的な扱いを受けていて、あまり良くは描かれていないようです。

そもそも、真田家の家格的に、公家の姫との結婚は、かなり無理があると思うので、私はこの説自体には、懐疑的ですが。

しかし、どうも公家出身の女性の、根強い無能・非力イメージばかりが、専ら強調されて描写されるこういう傾向、どうも戦国時代のフィクションだけには、限らないようです。

 

例えば代表的なものとして、昼ドラなどを中心にして、成り上がりの成功者にお金で買われて、嫌々結婚する、非力で哀れな華族令嬢の哀話とでもいうようなものが、大量生産されていますし。

本当に公家出身の女性・華族の女性というと、このように、無力で自分では積極的に、何もする事ができず、ただただ運命に流されているだけ。

だから儚く哀れ、とでもいうような、もはや、その存在自体が、一種の形式美とでもいうようなものに、なっているような感じがします。

更に、一般人は、なかなか、こういう公家・華族階級の人々とは、身近に接する機会がないだけに、公家・華族の女性というと、よけいに一方的なイメージばかりが、膨らんでしまう傾向なのではないかと思われますし。

しかも、こういう、公家・華族の女性というと、一定のイメージでばかり描かれる、こういう傾向は、昼ドラなどだけではなく、見事に少女漫画の方でも、同様のようですし。

 

 

例外的に、戦国時代以降の公家・華族の女性が、主体性や積極性ある、有能な女性として描かれている作品といえば、「はいからさんが通る」という作品に登場してくる、主人公花村紅緒の親友の北小路環、という女性くらいではないでしょうか? 

(そういえば、実写版では、紅緒役を大河ドラマ「武田信玄」の湖衣姫役を演じた、これも同じ南野陽子が演じていたようですが。)

従来とは違うように描かれているのは、華族出身で容姿端麗、才色兼備、しかしその風貌にも関わらず、サバサバした、いわばハンサムな感じの女性で、あの大正時代に、時代の最先端的職業とでも言うべき、婦人記者にまでなったり、かつて好きだった男性である、伊集院忍の部下であった、恋する男性の鬼島森吾を追いかけて、満州にまで行ってしまうという、この女性くらいではないかと思われます。

 

 

ですが、戦国時代以降の公家・華族出身の女性として、フィクションの中で、本当に異色な描かれた方がされているのは、いまだにこの女性キャラクターくらいのようです。

そして歴史的には、戦国時代に、あくまでも、主体的・積極的に行動をしたり、明確な意見や意志などを持った公家の女性として扱われる、寿桂尼や細川ガラシャの侍女の清原枝賢の娘の清原マリア(いと)などのケースは、いまだに例外的なものとして、見なければいけないようですね。

特に寿桂尼などは、相変わらず、突然変異的な存在としての扱いなんでしょうね。

 

 

しかし私は思うのですが、公家の女性という、一定のイメージだけで、一括りにしてしまわず、彼女達について、きちんと個人個人として見る必要も、あるのではないでしょうか?

武家の女性だって、消極的・受動的傾向の女性は、一杯いたと思いますし。一般に、武家の女性といえば、これもいかにも紋切り型という感じの、凛として意志が強くてという、イメージが流布していますが。

どうも特に戦国時代のフィクションにおける、慣例や格式ばかりにこだわる、無能な旧勢力の象徴めいた存在としての、公家の不遇な扱い傾向だけに留まらず、やはり、これも主に各フィクションを通して、一般的に流布している、こうした強いステレオタイプな非力・哀れな華族令嬢的イメージを見ていて感じる事ですが。

 

私は間接的に、いまだに本格的な三条夫人の評価の見直しに至らない、これも大きな一因となっているのではないか?と思ってしまうのですが。

しかし、実際に当時の公家達は、一方的に戦国大名達に寄りかかっていた訳ではなく、彼らの家業の学問や礼法などの授業を行ない、その報酬として収入を得ていたこと。また、各国を通過する連歌師などと同様に、各国を通る彼ら公家達からもたらされる、情勢に関する情報も、大名達にとっては貴重なものであったことも、私も何度か書いていますし。

ですが、こういう事実が無視されがちのような感じで、戦国時代のフィクションにおける、不遇な公家達の描写傾向も、なかなか改まらないようですが。そしてこのように、平安時代以降は、フィクションなどで度々見受けられる、彼女達公家の女性達の、目に見えてその存在価値が凋落した扱い・描写傾向が顕著、というのも、これもそのまま、男性の公家達とのそれとも重なりますしね。

本当に三条夫人の長年の不遇な扱いは、本当にいろいろな要因が重なり合っている感じで、滅入ってきますね。

 

一 そもそも、正室でありながら、その嫡男が家督を継げず廃嫡されている、そしてこれも当主である父親により、死に追い込まれるという憂目にあっている。更にこれにより、しばしば、徳川家康正室である築山殿と同一視されがちなこと。

 

二 三条夫人よりも遥かに注目を集めがちな存在である側室の諏訪御料人が、存在していること。更にそもそも、この彼女に関しては既に「甲陽軍鑑」の中で、その存在について印象的・強調するような描き方をされている点。そしてその上、この諏訪御料人についてはこれを土台にして、多くの歴史作家などにより、各作品の中で更にその存在について、印象的かつ、注目を集めるような描き方をされ、彼女自身がますますそういう存在になっていく傾向。だが彼女がそういう存在にされればされる程、必然的に正室の三条夫人の方は、逆にますます日の当たらない、不遇な存在にされていくという悪循環。

本当にこちらの諏訪御料人に関しては、数多のフィクションなどを中心とした各媒体で、盛んに主人公的な存在として華々しく取り上げられているのに対し、三条夫人の方は小説でも一般書でも、漫画やドラマでも、圧倒的に劣勢かつ不作傾向。

少なくとも、三条夫人に関しては、その見方を大きく改めさせる程のものは、いまだに生まれていない印象。

そして研究者・脚本家・作家などがいずれも、その三条夫人に対する従来の見方を大きく改め、その評価を刷新することに、いまいち積極的ではない印象が拭い切れない。

 

 

三 そして元々、戦国時代及び以降の公家・華族の扱いが、これもフィクションなどでの描写でも顕著だが、主にその没落の悲劇を強調するようなものばかりで、全体的に不遇な傾向であること。

やはり、戦国時代と同様、激しい時代の変化についていけず、過去の栄光にしがみつく、哀れな前時代の遺物のような扱い。

特に女性達の方は、無力・消極的・受動的な影の薄い存在として、扱われる傾向が強い。だからこれまで、まるで戦国時代の代表的な不仲夫婦とされている、徳川家康夫妻のコピーであるかのような、三条夫人に対する悪女かつ夫と不仲の正室、という偏見の入った見方に加えて、更にこうしたものがまた一つ。どうせ公家の姫君なんて、武家に嫁いでも具体的な存在価値も示せない、生気のないお飾りの人形のような妻に決まっているという、これも否定的な先入観・固定観念のようなものが加わるのだろう。

そしてやはり、永井路子などの有力な大御所歴史作家や研究者達などの援護を受けている、寿桂尼の高い評価は、いまだに例外という感じなんでしょうね。